鳥取城
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鳥取城

生没年不詳

鳥取城(とっとりじょう)は、鳥取県鳥取市(因幡国邑美郡)にあった戦国時代から江戸時代の日本の城。国の史跡に指定され、別名は久松城(ひさまつのしろ)・久松山城(ひさまつやまのしろ)という。山名氏・武田氏・尼子氏・毛利氏の争奪戦の舞台となり、織田信長の中国攻めでは、家臣の羽柴秀吉が兵糧攻めを用いて攻略した。開城後、入城した宮部継潤によって山上ノ丸の改修が行われ、江戸時代には鳥取藩池田氏の治下に入り、麓の二の丸以下の曲輪が拡張された。現在は天守台、石垣、堀、井戸などが残っている。戦国時代から江戸末期にかけての城郭形態の変化を窺うことができることから「城郭の博物館」の異名を持つ。

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鳥取城
鳥取県
全景(後背に久松山)
全景(後背に久松山
別名 久松城、久松山城
城郭構造 梯郭式平山城
天守構造 独立式望楼型3重3階(1573年、非現存)
複合式層塔型2重2階地下1階(1605年改、非現存)
三階櫓 (独立式層塔型3重3階、1728年再、非現存)
築城主 但馬山名氏
築城年 天文年間(1532年 - 1555年
主な改修者 吉川経家宮部継潤池田長吉
主な城主 山名氏、吉川氏、宮部氏、池田氏
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 石垣、堀、井戸
指定文化財 国の史跡
再建造物 中仕切門、 大手門、擬宝珠橋
位置 北緯35度30分36秒 東経134度14分28秒 / 北緯35.51000度 東経134.24111度 / 35.51000; 134.24111座標: 北緯35度30分36秒 東経134度14分28秒 / 北緯35.51000度 東経134.24111度 / 35.51000; 134.24111
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