江戸城
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生没年不詳
江戸城(えどじょう)は、室町期から江戸期にかけて、武蔵国豊嶋郡江戸にあった城。位置的には関東平野の南端、江戸湾の北隅にあり、関東の陸上交通および水上交通の要と言える場所にあった。江戸時代は江戸幕府の政庁が置かれ、徳川将軍家15代の居城だった。千代田城(ちよだじょう)とも呼ばれた。 日本一の大きさの、巨大な惣構えの城郭であり、濠が時計回りの渦巻状に幾重も巡らしてあり、場所は現在の地名で言えば、内郭部分が東京都千代田区あたりだが、惣構えの城郭で肝心なのはむしろ外側の濠のほうであり、城の西側の端は真田濠(さなだぼり)であり現在の四谷付近(北半分が四ッ谷駅、南半分が上智大学のグラウンド敷地)、惣構えの東側の端は隅田川であり、当初は防御のために意図的に橋をかけていなかった。外堀の北端は飯田橋付近の牛込門(現在の牛込見附)であり、西から東に向かって流れる神田川に面しており、江戸城の南端は虎ノ門見附であ
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![]() (東京都) | |
|---|---|
| 別名 | 千代田城 |
| 城郭構造 | 輪郭式平山城 |
| 天守構造 |
・1606年新築天守(解体、非現存) 連立式層塔型5重5階地下1階 ・1621年再築天守(解体、非現存) 独立式層塔型5重5階地下1階 ・1635年再築天守(焼失、非現存) 独立式層塔型5重5階地下1階 |
| 築城主 | 太田道灌 |
| 築城年 | 1457年(長禄元年) |
| 主な改修者 | 徳川家康、秀忠、家光 |
| 主な城主 |
太田氏(1457年-1486年、1561年-1577年) 扇谷上杉氏(1486年-1524年) 後北条氏(1524年-1561年、1577年-1590年) 徳川氏(1590年-1868年) |
| 遺構 | 現存櫓・門、石垣・土塁・堀 |
| 指定文化財 |
国の重要文化財(桜田門、田安門、清水門) 特別史跡 |
| 再建造物 |
富士見櫓、伏見櫓・多聞櫓 桜田巽櫓、大手門 |
| 位置 |
北緯35度41分17.97秒 東経139度45分15.72秒 / 北緯35.6883250度 東経139.7543667度座標: 北緯35度41分17.97秒 東経139度45分15.72秒 / 北緯35.6883250度 東経139.7543667度 ![]() |
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