東山文化
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東山文化

生没年不詳

東山文化(ひがしやまぶんか)は、室町時代中期の文化を指す用語。八代将軍足利義政(1436年-1490年)が築いた京都の東山山荘を中心に、武家、公家、禅僧らの文化が融合して生まれたとされる。慈照寺銀閣は東山文化を代表し、応仁の乱(1467年)以降、戦乱に明け暮れる世の中になったが、一方では能、茶道、華道、庭園、建築、連歌など多様な芸術が花開いた時代で、それらは次第に庶民にも浸透し、今日まで続く日本的な文化を数多く生み出した。また、京都が戦火に見舞われたことで多くの文化人・知識人が地方の守護大名のもとへ足を運び、文化の地方伝播が進行した。貴族的・華麗な足利義満の北山文化に対して、幽玄、わび・さびに通じる美意識に支えられていると評される。

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