新免氏
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生没年不詳
新免氏(しんめんし)は、日本の氏族のひとつ。中世後期、美作国吉野郡に栄えた。 『東作誌』が載せる新免氏の系図は家祖を「大納言徳大寺実孝」としており、建武の新政期に勅勘を蒙り美作国英田郡粟井庄に流され、貞和3年(1347年)同地で没。この実孝の子が新免氏初代の新免則重で、朝廷より新免氏の名乗りを与えられて武家に転じ、室町幕府より英田郡に粟井庄・広山庄・吉野庄を与えられたという。 大納言実孝なる人物は実在の徳大寺実孝の事績とは符合しないが、鎌倉時代末期に徳大寺家が粟井庄の下司職を争っており、室町時代には同家が下司職を維持している。また粟井庄内には新免村があり、14世紀末には同国守護赤松氏の被官となっていた新免氏が同地の荘官を担っていたことが確認できる。 初代則重の嫡子である新免長重は小房城主だったが、文明12年(1480年)山名氏によって攻め滅ぼされた。長重の遺児・貞重は外戚にあたる宇野氏を頼
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