唐津藩
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唐津藩

生没年不詳

唐津藩(からつはん)とは、肥前国に1593年(文禄2年)ころから1871年(明治4年)まで存在した譜代大名(寺沢家のみ外様大名)による藩。豊臣秀吉の側近であった寺沢広高が初代藩主をつとめ、以降は寺沢家、大久保家、大給松平家、土井家、水野家、小笠原家の6家が藩主を務めた。藩庁は唐津城(現在の佐賀県唐津市)に置いた。江戸幕府公認の石高は、幕末の時点で6万石である。 唐津藩の歴史は、文禄2年(1593年)の波多氏改易後に寺沢広高が唐津を領したことに始まる。関ヶ原の戦い以前は、8万3000石、戦後は天草4万石を加増されて12万3000石となっている。しかし、広高の息子の寺沢堅高の苛政(諸説あり)のために、天草で島原・天草の乱が起こり、天草領を没収、のちに堅高は自死して無嗣改易となった。その後、大久保家が8万3000石、大給松平家が7万石、土井家が7万石、水野家が6万石で入封している。水野家の治世で

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唐津藩
唐津藩(慶応年間ごろ)
立藩年 文禄2年(1593年)?
初代藩主 寺沢広高
廃藩年 明治4年(1871年
最終藩主 小笠原長国
肥前国
居城 唐津城

寺沢家
石高 8万3000石→12万3000石→8万3000石
種類 外様大名
格式 城持大名
藩主 寺沢堅高

大久保家
石高 8万3000石
種類 譜代大名
格式 城持大名

大給松平家
石高 7万石
種類 譜代大名
格式 城持大名

土井家
石高 7万石
種類 譜代大名
格式 城持大名

水野家
石高 6万石
種類 譜代大名
格式 城持大名
江戸城控間 雁間(文化年間)
藩主 水野忠邦

小笠原家
石高 6万石
種類 譜代大名
格式 城持大名
江戸城控間 帝鑑間(文政年間)
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