二俣城
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二俣城

生没年不詳

二俣城(ふたまたじょう)は、遠江国豊田郡二俣(静岡県浜松市天竜区二俣町二俣)にあった日本の城(山城)。天竜川と二俣川に挟まれた天嶮に恵まれた中世城郭として名高く、武田信玄・勝頼親子と徳川家康がこの城を巡って激しい攻防を繰り広げた。また、家康の嫡男信康が悲劇の切腹をとげた城としても知られる。城跡は国の史跡に指定されている(指定名称は「二俣城跡及び鳥羽山城跡」)。 本項では二俣城攻略の際に付城として築かれた鳥羽山城についても記述する。

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二俣城
静岡県
天守台
天守台
別名 蜷原城
城郭構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 二俣昌長
築城年 16世紀前半ば
主な改修者 大久保忠世
主な城主 二俣氏松井氏中根氏依田氏
大久保氏堀尾氏
廃城年 慶長5年(1600年
遺構 石垣、土塁、堀
指定文化財 国の史跡
位置 北緯34度51分43.29秒 東経137度48分32.16秒 / 北緯34.8620250度 東経137.8089333度 / 34.8620250; 137.8089333
二俣城の位置(静岡県内)
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